X308 · THE LAST STEEL, THE FIRST V8
鉄の最後、V8の最初
X308は、いくつもの「最後」と「最初」が重なった一台。その節目の意味を辿ります。
X308という車を一言で説明するのは難しいです。新しいのか古いのか、進歩なのか妥協なのか、見る角度で答えが変わる。けれどそこがこの車のいちばん面白いところだと、乗っているうちに思うようになりました。
V12をやめた世代
ジャガーといえば、長く直列6気筒とV12のメーカーでした。なめらかな直6はXJの背骨で、V12は最上級の象徴。ところが1990年代後半、その両方が限界を迎えていました。V12は重く(重量350kg超)、衝突安全のための前部構造を圧迫し、製造コストが利益を食い潰す状態。直6も1960年代設計の派生で、燃費と排ガス規制への対応が苦しくなっていました。
最後のジャガーV12が製造されたのは1997年4月17日。そのわずか3か月後、1997年7月に、V8だけを積んだ新しいXJ——X308が登場します。直6もV12も積まない、ジャガー初のV8専用XJ。長く親しまれた「XJ6」という車名が消えたのも、この世代からでした。一つの時代が、ここで静かに閉じています。
フォードの金で生まれたエンジン
この転換には、後ろ盾があります。ジャガーは1988年、利益がピーク比で半減し、債務返済に追われる経営危機にありました。1989年、フォードが約25億ドルでジャガーを買収します。きっかけのひとつは、1989年に登場したレクサスLS400が高級車市場に与えた衝撃だったと言われています。
フォードの首脳は、ジャガーの旧いブラウンズレーン工場を視察して設備の老朽化に驚き、計画されていた次期型「XJ90」の開発費を、生産設備の刷新に振り向ける決断をします。XJ90そのものは幻に終わりましたが、その美しい顔つきは姿を変えてX300(1994年)、そしてX308へと受け継がれました。
そして何より、X308の心臓であるV8エンジン「AJ-V8」は、フォードの資金提供がなければ生まれていません。1993年にゴーサインが出て、わずか36か月で完成。これは当時としては異例の速さでした。「フォードに買われてジャガーらしさが薄れた」と惜しむ声は当時からありました。でも見方を変えれば、フォードの金があったからこそ、ジャガーは自前のV8を持てた。X308は、その逆説の上に立っている車です。
鉄の最後、アルミの前夜
X308のボディは、前型X300から受け継いだスチール製のモノコック。さらに遡れば、その骨格は1986年のXJ40に行き着きます。X308は「XJ40系プラットフォームの第3世代にして最終進化形」でもあるわけです。外観の変更はあえて控えめに抑えられ、ウインカーレンズが長方形から楕円形になった程度。クラシックなXJの佇まいを、最後まで崩しませんでした。
次の世代X350(2003年〜)で、XJは一変します。航空宇宙由来のリベット接着工法によるオールアルミのボディになり、約200kg軽く、はるかに高剛性になりました。技術的には大きな進歩です。でも、鉄のボディが持っていた「密度」や「視覚的な温かみ」は、後のアルミ車が再現に苦労したとも言われます。
鉄の最後とV8の最初が、
一台の中で同居している。
“A perfect synthesis of classic and contemporary.” — Motorious, 2018
だからX308は「最後のスチールモノコックXJ」であり、同時に「ジャガー初の量産V8を積んだ最初のXJ」。海外メディアが「クラシックとコンテンポラリーの、完璧な合成」と書いたのは、この同居のことです。言い得て妙だと思います。
XJの系譜
| 世代 | 年代 | 特記 |
|---|---|---|
| 初代 XJ6(Series I) | 1968–1973 | 創業者ライオンズ本人の設計。XJの原型 |
| Series II / III | 1973–1992 | 基本形を維持した最長寿系統 |
| XJ40 | 1986–1994 | 完全新設計。Jゲートを初採用 |
| X300 | 1994–1997 | クラシック回帰。直6・V12のまま |
| X308 | 1997–2002 | V8初搭載。最後のスチール、ライオンズ語法の最終形 |
| X350 | 2003–2009 | オールアルミ化。連続性が断たれる |
総生産台数 126,260台(1997年7月〜2002年12月)。出典:Jaguar Daimler Heritage Trust 資料ほか。
もっと詳しく:VINで読むX308の節目(マニア向け)
JDHT(ジャガー・デイムラー・ヘリテージ・トラスト)の資料には、X308の節目がVIN(車台番号)で記録されています。
| 時期 | VIN | 出来事 |
|---|---|---|
| 1997年7月 | 812256 | 最後のX300 |
| 1997年7月 | 812317 | 最初のX308(4.0L V8) |
| 2000年7月 | F20645 | 2001年型。ニカジル→スチールスリーブ切替点 |
| 2002年8月 | F59525 | 最後のX308 |
そして、ここに小さな発見があります。最後のX308のVIN「F59525」——この数字、当サイトが里親になった女王の青いデイムラーのシャシ番号(SAJAC25N72MF59525)の末尾と一致するのです。つまりあの一台は、最後に造られたX308そのものである可能性が高い。女王の車が、X308の歴史を閉じた車でもあった——うまく出来すぎた話ですが、番号は嘘をつきません。
出典:Jaguar Daimler Heritage Trust, Research Guide(VIN Runs)/同 Vehicle Collection(BK52 DLO)。
新車として売られていた頃、X308はライバルのメルセデスSクラスやBMW7シリーズの陰で、やや古風な車に見えていたかもしれません。でも時間が経って、評価は逆転しました。最後まで鉄でできていて、オリジナルXJの美学を守った——それが今では、この車の美点として語られています。古さは、ときに価値に変わる。X308はそういう一台です。
AJ-V8という心臓
この記事に出てきた「フォードの金で生まれたV8」を、今度はエンジンそのものから。Jゲートと5速ATの話も。